週一回、メチャクチャ可愛い人が私に会いに来る

 

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本文とは一切関係のない、小樽で弟がうれしそうに買い込んでいたとんぼ玉


 週一回、メチャクチャ可愛い人が私に会いに来る。

 

 顔をしみじみと思い浮かべてみたけれど、女優の川口春奈さんによく似てる。いつもポニーテールで、黒髪で、パンツスーツを着こなす川口春奈さん。

 

 川口さんは、一度伝えただけの私の名前をきちんと覚えている。

 初めて会って以降、川口さんの訪問に私が対応すると、明らかに嬉しそうにする。そんな川口さんに私は照れを隠せない。去りぎわには「来週も来ますね」と笑ってくれるので、よせやいここは会社だぞ、と思いながら私も、「はい、来週」とはにかんでしまう。

 中学生じゃあるまいし、と思うけれど、顔を見る度に浮かれる心を押さえておくことがむずかしい。なぜってメチャクチャ可愛いので。

 

 そんな川口さんに、先週、「今日はもう、お仕事おわりなんですか?」と訊かれた。

 きりの良い時間だった。普段ならもう終わりだ。でもちょうどそのときは勤務時間がずれていて、あと30分働く必要があった。

 「いえ、まだもう少しだけ働きます」となんの工夫もなく答えてから、私は続ける。「川口さんは、これから会社に戻るんですか?」

 「私、今日はこれで終わりなんです」そして鼓動2拍分ほどの静寂。何か言わなくては、と口を開いた私を待たずに、川口さんが言った。「では、また来週」

 川口さんが私に背を向ける。遠ざかるポニーテール。呆然と見送る私————。

 
 何の話か、察しの良い方ならもうお分かりでしょう。

 そう、私はこの一連のやりとりを何度も頭の中で再生しては、「あのとき何を言えばよかったのか」をえんえんと考えているのです。仕事中に。仕事をしろ。

 

 ていうか、彼女が仕事終わるタイミングで、私のアガリを確認してくるなんて、これってもう始まってませんか?ラブストーリーとかそういうたぐいのって、「今日はもう、お仕事おわりなんですか?」みたいなやりとりの間にうまれるのでは?違う?月9、いつも初回で「今日はもう、お仕事おわりなんですか?」とか言ってない?違う?

 

 そもそも、「今日はもう、お仕事おわりなんですか?」ってだいぶやばくないか。

 これまで川口さんとはほんと、ごく一般的な生活全般とか、家族構成とか、私の生年月日やらなんやらとか、そんな表面をやさしくなぞるようなことしか話してなかったのに、いきなり「今日はもう、お仕事おわりなんですか?」って。剣道の達人もびっくりな踏み込みっぷり。からの「私、今日はこれで終わりなんです」って。主審も副審も飛び上がらんばかりに旗あげちゃう見事な太刀筋。

 そこで、私がちゃんとうまい返しをしていれば、あるいは…。

 

 全編私の妄想みたいな話だけど、全編真実です。

 それだけじゃなく、川口さんはめちゃくちゃ私の将来のことを考えてくれてる。その証拠に、毎回必ずさまざまな資料をもってくるのだ。

 貯蓄はしていますか?万が一に備えていますか?入院した時はどうしますか?エトセトラ。

 

 どう考えても始まるじゃんラブストーリー。月9、いつも初回で「入院した時はどうしますか?」とか言ってない?違う?最近流行りのラブソングの歌詞、だいたいサビは「貯蓄はしていますか?」を繰り返してたりしない?違う?

 
 ところで、川口さんが何者か、察しの良い方ならもうお分かりでしょう。

 自分の担当エリアに転職してきた私という新規客をゲットすべく熱心に営業してくる、保険の外交員さんです。(鼓動2拍分ほどの静寂)はい、解散!



 ……とはいえ、「今日はもう、お仕事おわりなんですか?」ってやっぱり…(最初に戻る)。